ttp://http://www.doraibu.com/ どらいぶ帳よろしく
RRRRR… おれの電話が鳴る
発信者を見るとどうやらＮのようだ
Ｎとは探偵業を生業とする知人であり、こいつからの電話はろくなもんじゃない
大抵は探偵事務所の人手不足で仕事を手伝ってくれと頼まれる
ちゃんと金くれるし暇つぶしには良いのだが、決まって誰もやりたがらない仕事を持ってくる
ペットの蛇が逃げたから捕獲してくれなんて依頼や
ゲイに成りすましてゲイの素行を調査しろなんて依頼をおれに押し付けやがった前例がある
おれの収入の約3割は探偵屋のバイトだ
故に邪険にはできないし、嫌な仕事でも楽しみながらこなす術も身に付けている
おれ｢ようＮ、肝だめしのオバケ役の依頼か？｣
Ｎ「安心しろ、驚かせるほうじゃなく驚くほうだ」
おれ「……」
Ｎ「君ん家の近所の神社からの依頼で丑の刻参りをする奴がいて迷惑してるらしい
要するに藁人形の調査だ、詳しいことはメールで送るからよろしく哀愁！」
「詳しいことはメールで送る」って言ってたけど、送られてきた内容は神社の住所と電話番号と神主の名前だけ
あと「多忙期につきパートナーは付けられない、単独で頑張ってくれ」と書いてある
無責任にも程がある
ふつう探偵屋って単独行動しないからさ
とメンタルを無理やり前向きに切り替えて、さっそく依頼主の待つ現場へと足を運んだ
おれ「こんにちは、○○探偵事務所の田中と申します」
神主「暑い中ご苦労さん、さっそく見てもらえるかな？」
～背の高い樹木の前まで案内される～
神主「釘の跡酷いでしょ、丑の刻参りの被害は何年かに一度はあるけど最近は頻繁だから困ってるんだ」
おれ「木がかわいそうですよね、必ず犯人を特定しますのでご安心ください」
神主「ふつうは藁人形を使うでしょ、でも今回のは少し変わってて気味が悪いんだ」
おれ「…と仰いますと？」
神主「ドラえもんなんだよ」
今後の打ち合わせを済ませ帰宅する道中、つい数分前に見たばかりの呪いの人形の姿が頭をよぎる
無惨に釘を打ち付けられ胸部に穴の開いた青い猫型人形… 不気味すぎてとても子供には見せられない代物だ
木に打ち付けられたままだと色々と弊害があるからと全て回収されていたその数、ざっと30体
どう見ても手作りであり、おまけに無駄にデキがいい
耳が付いてたり腹部のポケットが開閉したりする固体もあり、実に手が込んでいる
「その情熱をうちの探偵事務所で活かさないか？」と思わず犯人をスカウトしたい衝動に駆られた
神主の話によると丑の刻参りの頻度は週に2回ほど、事に及ぶ時間に縛りのある儀式故に犯行時刻は午前1時～3時の間と推測
尚、神社の人は寝てるので神主を含めて犯人を見た者はいないとの事
[依頼されたおれの任務]
①午前0時～3時に現場で張り込み
②犯人の撮影
③犯人の身辺調査
④丑の刻参りをヤメるように説得
単独行動は慣れてないが引き受けちまったものはやり遂げるのが正義
師と仰ぐゴルゴ13だって単独スナイパーだ
当たって砕けろ精神で砕けずに完遂させるしか道はない
最初の任務は午前0時～3時までの短時間の張り込みで済むから気が楽だ
週2で現れるという事は平均3.5日間の張り込みで目標（犯人）と遭遇できるという事
呪いの儀式を行う目標を撮影し終えた後の行動はその場の流れを見て直感で決めるつもり
何故ならこの手の依頼って、幾ら綿密に計画を練ろうが相手の突発的な行動に振り回されてしまうものだから
例えば、尾行中に想定外の場所から急にタクシーに乗られる等
そのような事態を想定して極力、探偵屋は単独行動を取らないもの
複数人で尾行すれば1人が目標をロスト（見失う意）しても残りの人が視認してるからね
ちなみに普通の探偵事務所は目標1人に対して2～3人の調査員を付け尾行等を行う
なのに今回は諸事情により、おれ1人でこなさなければならないorz
そして現時点において目標の素性は一切不明
丑の刻参りという常軌を逸した所業に及ぶ者を相手にする訳だから、正直言ってとても怖い
監視されていることに気づいたが目標が逆上して、手に持っている金槌や釘などで襲い掛かってくる可能性も十分考えられる
故にとても女性調査員に任せられるような一件ではなく、必然的に厄介な依頼はおれの元に回ってくる訳だ
果たして目標は犯行現場である神社まで何でやって来るのだろうか
徒歩や自転車で来るのなら、持ち運び可能な折りたたみ式自転車を用意して待ち構えるし
クルマに乗って来るのなら、どこにでもあるような目立たないクルマで尾けるだけだ
と意気込んでみても、何一つ情報の無い現段階では不安だけが募るばかりである
闇と完全に同化した姿はジオン軍特殊工作員アカハナ少尉を彷彿とさせる
シンクロ率400％、いかなる暗視カメラを以ってしてもおれの姿を捉えることは不可能だ
真っ暗っ・・・！ 真っ暗っ・・・！ 真っ暗っ・・・！
夜の神社は真っ暗闇、まるでお先真っ暗のおれの人生みてえだよ
それにしても深夜に見る真っ赤な鳥居は実に神秘的
ついでにタレントの鳥居みゆきがあの芸風で売れると思ってるのかも神秘的であり、おれの探究心をかき立ててやまない
目標が事に及ぶ木は決まっており、手際のいいおれはその木を撮影する為に既にカメラを設置済みである
このカメラは盗撮の神と讃えられる田代まさし氏などに好まれるタイプの物で大きさがたったの3.5㎝
おまけに強力な赤外線を発し、たとえ真っ暗なスカートの中でも鮮明な縦スジを撮ってしまう優れ物だ
唯一の欠点はフル充電で60分しか動画撮影できないとこなのだが、小さなボディに動体検知機能まで具えており
目の前に動く物が現れたときだけ自発的に撮影を行う頭のいい子なので、電池切れを心配する必要もない
後はカメラが勝手にやってくれるから、鼻ほじりながらボケーっとパコパコママでも見てればいいだろう
いつでも来やがれ、イカれた丑の刻野郎っ！
人っ子一人いない深夜の神社に辺りを窺うようなそぶりで現れる者は目標以外の何者でもない
おれはこの時を待っていたのだから、出遭えたことに歓喜すればいいだけだ
しかし、未知への畏怖が決してそれを許さない
古来より人は得体の知れないモノに恐怖する生き物であり、故に丑の刻参りなどちゃんちゃらおかしい三文儀式が存在し得るのだろう
30mほど離れた境内の一角から自衛隊よろしく、ほふく前進の姿で目標を監視している
暗闇ということもありハッキリと顔や姿を視認できないのだが、一つだけ断言できることがある
「ブタだブタ、今回の仕事はブタの監視だ」
推定体重0.1トン、愛用の大木の前にそびえ立つ姿は柱を仇に業を行う力士の如し
色んな依頼を押し付けられて色んな目標を追ってきたが目標が人間ではなくブタだったのは初めてのこと
はあ、おれも焼きが回ったかな…
…と哀愁が満ちてきたのも束の間、突如おれの耳に深夜には不似合いな「音」がこだました
もちろん哀愁でいとを唄うトシちゃんの歌声でもなければ、決してよろしく哀愁を唄う奥さん殺しの郷さんボイスでもない
「♪コーン、コーン」
耳をつんざくような打撃音、金属に金属を打ち付ける不快極まりない打撃音
1300年間鳴り止まぬ怨恨の響、この「音」は呪詛を代弁した術者の声に他ならない
馴れた手つきで金槌を振るうブタは『触れ得ざる者』以外の何者でもない
「触れたくねえから見なかったことにして帰ろう」とポジティブに帰り支度を始めた矢先、どうやら所業は終わったようである
犯行時間およそ15秒、テレビCM一本分の早業だ
日本一諦めの早いおれだって人生を諦めるのに生後15分も要したというのに、いやはやブタながら誠に天晴れだブ～
などと安堵感に浸ってる場合ではない、ここまでのいきさつを整理してみよう
アカハナルックに身を包み闇に溶け込んだおれはシックスセンスを含む全神経を研ぎ澄ませつつ地べたとも同化
そして境内境外を問わず周囲を注視して、虫が這うような僅かな物音にも聞き耳を立てていた
デビルイヤーと称されるおれの耳はとても感度が良く、熱い息を吹きかけられただけで結婚を考えてしまうほどの地獄耳だ
もしクルマやバイクで来たのなら、そのエンジン音などを聞き逃そうはずがない
人間レーダーと化したおれの監視網をくぐり抜け境内に現れた事実
それ即ち、目標は徒歩か自転車でやって来たことを指し示す
まだ1時半かあ
今日はろくな深夜アニメやってねえし、尾けれるときに尾けておくかな！
目標が道中に自転車を停めている可能性も考慮して、折りたたみ式自転車を小脇に抱えている抜かりのなさだ
そんなパーフェクトなおれでも不安がないと言えば嘘になる
想像して欲しい
アカハナルックのおっさんが深夜に自転車を抱えていればどう思われるかを
そう、絵に描いたような自転車ドロボーである
通行人に見つかれば通報、おまわりさんに見つかれば交番逝き、番犬に見つかれば噛みつかれる
しかしシンクロ率が999％に達し、細胞レベルまで闇に融解した今のおれには杞憂なのかもしれない
暗い境内では規格外のシルエットでしか目に映らなかった為、てっきり男だと思っていたのだが目標は雌…もとい女だった
誰もが羨むダイナマイトボディにはち切れんばかりのボディコンシャス
たすき掛けのショルダーバッグが凧糸を彷彿させるその姿は歳暮の定番チャーシュー以外の何物でもない
丑の刻参りって白装束縛りだと思ってたけど実際は案外緩いのかな
それとも目立つのを避けて、あえてもっと目立つ格好してるのかな
などと、あれやこれや考えながら尾けること20分
目標は駅に程近い2階建てアパートの1階角部屋へと入っていった
断言こそ出来ないが、深夜に平凡なアパートの一室に入ったことは「帰宅」と捉えて問題ないだろう
アパートを養豚場、角部屋をブタ小屋と呼称したおれは早速、養豚場周辺の探索を行うことにした
