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∞三島作品の名キャラ&名文句∞


名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/01/11(火) 12:57:42:2bV9+FAT
三島由紀夫(本名、平岡公威)
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名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/01(金) 16:32:13.74:hjfIR219
人間性を十全に解放したらどうなるか。こはいことになるんだよ。紙くづだらけはまだしも、泥棒、強盗、強姦、
殺人……獣に立ち返る可能性を人間はいつももつてゐる。

三島由紀夫「東大を動物園にしろ 核兵器だつて使ふだらう」より


未来社会を信じない奴こそが今日の仕事をするんだよ。現在ただいましかないといふ生活をしてゐる奴が何人ゐるか。
現在ただいましかないといふのが“文化”の本当の形で、そこにしか“文化”の最終的な形はないと思ふ。
小説家にとつては今日書く一行が、テメへの全身的表現だ。明日の朝、自分は死ぬかもしれない。その覚悟なくして、
どうして今日書く一行に力がこもるかね。その一行に、自分の中に集合的無意識に連綿と続いてきた“文化”が
体を通してあらはれ、定着する。その一行に自分が“成就”する。それが“創造”といふものの、本当の意味だよ。
未来のための創造なんて、絶対に嘘だ。

三島由紀夫「東大を動物園にしろ 未来を信ずる奴はダメ」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/01(金) 16:54:01.75:hjfIR219
「ぜいたくを言ふもんぢやない」
などと芸術家に向つて言つてはならない。ぜいたくと無い物ねだりは芸術家の特性であつて、それだけが
芸術(革命)を生むと信じられてゐる。

三島由紀夫「不満と自己満足――『もつとよこせ』運動もわが国の繁栄に一役」より


日本の文化は何度も何度もフィルターにかけられて、一つのものが、時代が下るにつれて極度に理想化された。
世阿弥の能の時にはすでに新古今集のフィルターをかけた王朝文化がその理想で、これはあこがれの産物とも言へる。
このあこがれはずつと武家階級に続き、禅的な文化へと尾を引いてますます美化されていつた。世阿弥のところで、
十四世紀までの文化は全部ダムになつてゐて、あそこから電気が出てゐるやうな感じがする。ところで日本の
近代文化といふものは、さういふことを一度もやつてゐない。つまり古代文化を一度われわれの時代のフィルターに
かけて、それを大きな電力を生ずるやうなダムにするといふことをだれもやつてゐない。

三島由紀夫「世阿弥に思ふ――鼎談に参加して」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/01(金) 16:55:15.21:hjfIR219
年のはじめだけに、なぜ伝統が意識され、古い日本がいかにも美しく感じられるのであらうか。思ふに、日本といふ
泉が、そのときだけ心の底から、澄んだ水をほとばしらせるのは、われわれが新らしい年に直面する不安と恐怖を、
過去にくりかへされてきたおめでたい伝承の復活でふりはらはうとするときに、その泉の水の澄んだ生命の力の
持続性にたよらうとするからであらう。本当のところ、新らしいものは怖い。新らしい年は怖い。未来は怖い。
未来が全然怖くないのなら、その人は人間ではない。怖いからこそ、われわれはその未知に、自分の一番大切な
ものである希望を懸けるのである。

三島由紀夫「月々の心 伝承について」より


人間にとつての悲劇は、もう若くないといふことではなくて、心ばかりがいつまでも若いといふところにあるやうに、
夏が去つたあとも我々の心に夏が燃えつきないのが悲劇なのだ。

三島由紀夫「月々の心 夏のをはり」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/01(金) 16:56:21.48:hjfIR219
国家総動員体制の確立には、極左のみならず極右も斬らねばならぬといふのは、政治的鉄則であるやうに思はれる。
そして一時的に中道政治を装つて、国民を安心させて、一気にベルト・コンベアーに載せてしまふのである。


ヒットラーは政治的天才であつたが、英雄ではなかつた。英雄といふものに必要な、爽やかさ、晴れやかさが、
彼には徹底的に欠けてゐた。ヒットラーは、二十世紀そのもののやうに暗い。

三島由紀夫「『わが友ヒットラー』覚書」より


「しがらみ」からの解放といふことが、一体男性的なことであるか大いに疑はしい。自由が人を男性的にするか
どうかは甚だ疑はしい。

三島由紀夫「鶴田浩二論――『総長賭博』と『飛車角と吉良常』のなかの」より


ウワーッと両手で顔をおほつて、その指のあひだから、こはごはながめて「イヤだア」とかなんとか言つて
ゐる手合ひを野次馬といふ。私に対する否定的意見は、すべてこの種の野次馬の意見で、私はともあれ、
交通事故なのだ。

三島由紀夫「感想 広域重要人物きき込み捜査『エッ! 三島由紀夫??』」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/03(日) 23:53:45.87:ayJidNFN
空手は武器を禁じられた沖縄島民の民族の悲願が凝つて成つた武道ときいてゐる。日本の戦後も占領軍による
武装解除がそのまま平和憲法に受けつがれ、徒手空拳で戦ひ、徒手空拳で身を守るほかに、民族の志を維持する道を
ふさがれてゐる。
空手道が戦後の日本で隆盛になつたのは決して偶然ではない。

三島由紀夫「第十一回空手道大会に寄せる……」より


刀が武士の魂といはれ、筆が文士の魂といはれるのは、道具を使つた闘争や芸術表現が、そのまま精神のあらはれに
なるためには、その道具と生体の一体化が企てられねばならぬ、といふ要請から生れた言葉であらう。道具が
生体の一部になればなるほど、道具はただの道具ではなくなり、手段はただの手段ではなくなり、魂といふ幹の
一本の枝になつて、そこにまで魂の樹液が浸透して、魂の動くままに動き、いはば道具は透明になるであらう。
そのとき、手段と目的、肉体と精神、行動と思想の、乖離や二元性は完全に払拭されるであらう。

三島由紀夫「空手の秘義」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/03(日) 23:55:24.90:ayJidNFN
現代に政治を語る者は多い。政治的言説によつて世を渡る者の数は多い。厖大なデータを整理し、情報を蒐集し、
これを理論化体系化しようとする人は多い。しかもその悉くが、現実の上つ面を撫でるだけの、究極的には
ニヒリズムに陥るやうな、いはゆる現実主義的情勢論に墜するのは何故だらうか。このごろ特に私の痛感する
ところであるが、この複雑多岐な、矛盾にみちた苦悶の胎動をくりかへして、しかも何ものをも生まぬやうな
不毛の現代社会に於て、真に政治を語りうるものは信仰者だけではないのか? 日本もそこまで来てゐるやうに
思はれる。

三島由紀夫「『占領憲法下の日本』に寄せる」より


もつとも美しい男の服装は剣道着である。手に藍のつくやうな、匂ふやうな濃い藍の稽古着、袴に、黒胴と垂れを
つけた姿ほど、日本男児の美しさを見せるものはない。

三島由紀夫「男らしさの美学」より


正しい力は崇高であり、汚れた力は醜悪であることは、あたかも、清い水は生命をよみがへらせ、汚ない水は
人を病気にさせるのに似てゐる。

三島由紀夫「『第十二回全国空手道選手権大会』推薦文」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/03(日) 23:57:08.38:ayJidNFN
羞恥心は微妙なパラドキシカルな感情である。自分について羞恥心を抱いてゐるとき、人は又、ひそかに、
あたかも罪悪感のやうなナルシシズムを抱いてゐるかもしれず、憎悪と愛とのアンビヴァレンツを隠してゐるかも
しれない。それだけ羞恥心は、自分の内部の深いものとインティメートな感情の、隠れ家であつたかもしれない。
日本人が日本の古い習俗を「蛮風」として恥ぢてゐたときには、どこかで心の一部がその蛮風に支配されて
ゐたときかもしれない。心のみならず、自分の生活感情や社会意識に、ひそかに、そんな蛮風が影を落してゐた時
かもしれない。


文明人がプリミティヴィズムを内部に蔵してゐるのは、何と素敵なことであらう。蒼ざめた都市生活者であること
よりも、noble savage であるといふことは、現代人として何と誇らしいことであらう。一国の文化の底の底を
掘り起しても、何ら原始的な生命の根に触れえないやうな「文明国民」とは、何と十九世紀的で、何と時代おくれな
ことであらう!

三島由紀夫「序(矢頭保写真集『裸祭り』)」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/06(水) 09:12:12.76:uCX+DzTT
不思議なことに色気の感じられる女は、昔から単に陰性な、内気一方の女ではなく、どこかに凜とした男まさりの
ところがなければならない。


性的魅力において自分よりすぐれてゐると思はれる女を、男に紹介するバカな女はゐないのである。


ひたすら男性の嗜好に合はせて長い訓練を経て形成された色気といふものに対して、女はある本能的な敵意を
持つてゐるものであるらしい。


多くの女に色気があると言はれてゐる男は、概して男の世界では顰蹙と軽蔑の対象である。もちろんその中には
羨望や嫉妬がまじつてゐないとは言へないが、そのやうな男は概して男の理想的なイメージとはなりにくいのである。
なぜならば、男がみづから克服したいと思つてゐる欠陥を女は愛するからである。勝利者にあこがれる女よりも
敗北者にあこがれる女のはうが圧倒的に多い。

三島由紀夫「女の色気と男の色気」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/06(水) 09:14:26.97:uCX+DzTT
家庭にはひりこんでくるテレビの威力の前に、子どもたちを守らうとしても、もうむだです。よい言葉やよい
しつけについては、おとなでさへ忘れてしまつてゐる時代です。何がよいことで、何がわるいことか、子どもたちは
わかりやすい簡単な基準を与へてほしがつてゐるのですが、それを与へることのできない親たちは、子どもたちを
しかる資格さへ失つてゐるのです。


ある形に結晶し完成された生活や道徳は、その安定した美しさで、別の美しさを誘ひ出します。一つの美しさは
別の美しさと照応し、一つの美しさによつて別の美しさが誘ひ出される。これが美の法則でもあり、道徳の法則でも
あります。美しさは「誘ひ出される」のです。もしこれが確信を持たぬ不完全な美なら心をうちますまいし、
またもしこれが風土に根ざさぬ抽象的な高遠な人類愛のお話なら心をたのしませないでせう。遠い歴史と風土の
中に咲く花であつても、小さく咲いた完全なえにしだは、日本の可憐な夕顔の親せきになり、われわれの心に、
忘れてゐた夕顔の美しさを誘ひ出すのです。

三島由紀夫「序(セギュール夫人作 松原文子・平岡瑤子訳『ちっちゃな淑女たち』)」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/06(水) 09:23:23.90:uCX+DzTT
日本人は何度でも自国の古典に帰り、自分の源泉について知らねばならない。その泉から何ものかを汲まねば
ならない。この「源泉の感情」が涸れ果てるときこそ、一国一民族の文化がつひに死滅するときであらう。

三島由紀夫「文化の危機の時代に時宜を得た全集(『日本古典文学全集』推薦文)」より


政治に暗く、経済に暗く、社会に暗く、しかしその暗い全景の一部分に、丁度ルネッサンスの風景画のやうに、
啓示のやうな光りを強く浴びてゐる部分がある。そこだけ草が輝き、羊の背が光つてゐる。そこだけ木立は光りに
あふれた籠のやうに見え、そこだけ流れは光彩を放つてゐる。そここそは、女だけに特権的な、不可侵の情念の
領域なのだ。

三島由紀夫「詩集『わが手に消えし霰』序文」より


まじめで良心的なのも思想だが、不まじめで良心的といふ思想もあれば、又、一番たちのわるいのに、まじめで
非良心的といふ思想もある。

三島由紀夫「あとがき(『行動学入門』)」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/06(水) 09:24:21.31:uCX+DzTT
偉大な作家には、おもてむきの傑作と、裏側の傑作があるらしい。顕教的顕仏的傑作と、密教的秘仏的傑作と
言ひかへてもよい。

三島由紀夫「『眠れる美女』論」より


天才の奇蹟は、失敗作にもまぎれもない天才の刻印が押され、むしろそのはうに作家の諸特質や、その後
発展させられずに終つた重要な主題が発見されることが多いのである。

三島由紀夫「解説(『新潮日本文学6谷崎潤一郎集』)」より


性の拒否が最高の性のよろこびに到達する大詰の童話の結婚式は、あらゆる童話における、
「それから王子様と王女様は世界でいちばん倖せに暮しました」
といふ決り文句の、ほとんど猥褻なひびきを伝へるものでなければならない。至福の猥褻さは、死の猥褻さに
似てゐる。現世離脱は、同時に、自己からの離脱である。

三島由紀夫「『薔薇と海賊』について」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/10(日) 10:05:40.97:9h3CDVbh
男が男であるためにつまづく、といふ例は現代ではますます少なくなつてゆく。男性の女性化とは、男性の
自己保全であり、なるたけ安全に生きよう、失敗しないで生きようとすることを意味します。

三島由紀夫「『複雑な彼』のこと」より


私は自分のものの考へ方には頑固であつても、相手の思想に対して不遜であつたことはないといふ自信がある。
これが自由といふものの源泉だと私には思はれる。

三島由紀夫「『尚武のこころ』あとがき」より


言葉で表現する必要のない或るきはめて重大な事柄に関はり合ひ、そのために研鑽してゐるといふ名人の自負こそ、
名人をして名人たらしめるものだが、さういふ人に論理的なわかりやすさなどを期待してはいけないのである。

三島由紀夫「あとがき(『源泉の感情』)」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/07/27(水) 15:48:40.23:T8XPweNv
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/08/07(日) 00:09:21.92:5457U0a/
ものを書くことと農耕とは、いかによく似てゐることであらう。嵐にも霜にも、精神は一刻の油断もゆるさず、
たえず畑を見張り、詩と夢想の果てしない耕作のあげくに、どんな豊饒がもたらされるか、自ら占ふことができない。
書かれた書物は自分の身を離れ、もはや自分の心の糧となることはなく、未来への鞭にしかならぬ。どれだけ
烈しい夜、どれだけ絶望的な時間がこれらの書物に費やされたか、もしその記憶が累積されてゐたら、気が狂ふに
ちがひない。……しかし、今日も亦、次の一行、次の一行と書き進めてゆくほかに、生きる道はないのだ。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 書物の河)」より


にせものの血が流れる絢爛たる舞台は、もしかすると、人生の経験よりも強い深い経験で、人々を動かし富ます
かもしれない。音楽や建築に似た戯曲といふものの抽象的論理的構造の美しさは、やはり私の心の奥底にある
「芸術の理想」の雛型であることをやめないのだ。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 舞台の河)」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/08/07(日) 00:09:51.86:5457U0a/
私の肉体はいはば私のマイ・カーだつた。この河は、マイ・カーのさまざまなドライヴへ私を誘ひ、今まで
見なかつた景色が私の体験を富ませた。しかし肉体には、機械と同じやうに、衰亡といふ宿命がある。私は
この宿命を容認しない。それは自然を容認しないのと同じことで、私の肉体はもつとも危険な道を歩かされて
ゐるのである。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 肉体の河)」より


この河と書物の河とは正面衝突する。いくら「文武両道」などと云つてみても、本当の文武両道が成立つのは、
死の瞬間にしかないだらう。しかし、この行動の河には、書物の河の知らぬ涙があり血があり汗がある。言葉を
介しない魂の触れ合ひがある。それだけにもつとも危険な河はこの河であり、人々が寄つて来ないのも尤もだ。
この河は農耕のための灌漑のやさしさも持たない。富も平和ももたらさない。安息も与へない。……ただ、
男である以上は、どうしてもこの河の誘惑に勝つことはできないのである。

三島由紀夫「無題(『三島由紀夫展』案内文 行動の河)」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/08/09(火) 23:41:08.80:iJwOLKSE
作家にとつての文体は、作家のザインを現はすものではなく、常にゾルレンを現はすものだといふ考へが、
終始一貫私の頭を離れない。つまり一つの作品において、作家が採用してゐる文体が、ただ彼のザインの表示で
あるならば、それは彼の感性と肉体を表現するだけであつて、いかに個性的に見えようともそれは文体とはいへない。
文体の特徴は、精神や知性のめざす特徴とひとしく、個性的であるよりも普遍的であらうとすることである。
ある作品で採用されてゐる文体は、彼のゾルレンの表現であり、未到達なものへの知的努力の表現であるが故に、
その作品の主題と関はりを持つことができるのだ。何故なら文学作品の主題とは、常に未到達なものだからだ。
さういふ考へに従つて、私の文体は、現在あるところの私をありのままに表現しようといふ意図とは関係がなく、
文体そのものが、私の意志や憧れや、自己改造の試みから出てゐる。

三島由紀夫「自己改造の試み――重い文体と鴎外への傾倒」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/08/21(日) 11:53:10.58:mmW4crQn
真の東洋的なもの、東洋的神秘主義の最後の一線を、近代的立憲国家の形体に於て留保したものが日本の天皇制である。
天皇制は過去の凡ゆる東洋文化の枠であり、帝王学と人生哲学の最後の結論である。これが失はれるとき
東洋文化の現代文化へのかけはし、その最後の理解の橋も失はれるのである。

三島由紀夫「偶感」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/08/31(水) 15:36:17.60:95jSRk+5
サン・サーンスは、作曲家としてよりも薔薇作りとして有名だつたさうだが、私も小説家としてより、人斬りとして
有名になりたいものだと思つてゐる。

三島由紀夫「『人斬り』出演の記」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/07(水) 22:35:36.85:Idb+xqH9
日本で一等いけないのは、政治家よりも、全学連よりも、新聞だと思ひます。

三島由紀夫
ドナルド・キーンへの書簡より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/13(火) 18:22:15.47:yaKncNHQ
「もの」を選ぶといふのは、最終的には総合的判断である。総合的判断とは、非合理的なものである。


フィクションとはいひながら、殺意が、そこにゐる人すべてを有頂天にするといふのは、思へばおかしな人間的
真実である。

三島由紀夫「『人斬り』田中新兵衛にふんして」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/14(水) 11:08:49.35:Iu11wOJX
試写会の雰囲気といふものはあまり好きでない。ふだんはちつとも笑はないくせに、オリジナル版だつたりすると、
わざと面白さうに笑つたりする。皆より早く見られるのと、必ず坐つてみられるのと、この二つが試写会の利点で、
入場料を倹約したやうな気にはなれない。芝居だつてさうで、入場料を自分で払つてみれば、つまらない芝居も
面白く見られるものである。

三島由紀夫「私の洋画経歴」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/14(水) 13:52:06.60:Iu11wOJX
映画も芸術の一種と仮定すると、人間の芸術的感受性が、映画のおかげで低下するといふものでもないので、
むしろこのごろの若い人は、われわれが少年時代に、小説の耽溺に際して働らかせた分量の感受性を、映画に
向けてゐるとも云へるのであるから、十代のお客だつて、たとひ小学生のお客だつて、ジャリなどと呼んで甘く
見るべきではない。このあひだ「恋人たち」のカットに積極的に賛成したといはれる某映画批評家などより、
かういふジャリのはうが、よつぽどコンモン・センスに富んでゐる筈だ。

三島由紀夫「映画見るべからず」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/14(水) 22:47:49.82:Iu11wOJX
日本ではいまだに啓蒙的なインテリゲンチアが、古い日本は悪であり、アジア的なものは後退的であると思ひ込んで
ゐるのは、実に簡単な理由、日本人に植民地の経験がないからである。又、進歩主義者の民族主義が、目前の
政治的事象への反撥以外に、民衆に深い共感を与へないのも、日本人に植民地の経験がないからである。この
民族主義は東南アジアでは怖るべき力になる。


多くのアジア後進諸国は、未開拓の豊富な天然資源をもち、将来国内市場が拡張されれば、日本のやうな高度に
海外市場に依存した危険な経済に進まずともよい利点がある。或る国は経済の多角化に成功し、或る国は単一生産に
とどまりながらも、相互の経済協力が必須のものとなつて来てゐるのである。


資本主義国、社会主義国いづれを問はず、結局めざましい成功を収めた経済現象の背後には、必ず政策の成功があり、
政策の基礎には民族的エネルギーに富んだ「国民的生産力」が存在する。

三島由紀夫「亀は兎に追ひつくか?――いはゆる後退国の諸問題」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/15(木) 12:18:07.82:SE2Ze8g0
デボラ・カーといふ女優は、つくづく良い女優だ。この映画では映画で役者の芸をゆつくり詳細に見てゐる余裕を
味はつて、デュヴィヴィエのやうに監督一人えらがつてゐるやうな作品とちがつて、こつちのはうがよほど
人間的だと思つた。私は「映画的だからよい」といふ映画批評家の常套句が一向呑み込めず、とにかく人間が
寄つてたかつて作る映画が人間くさくなくてはおかしいと思ふはうである。

三島由紀夫「『情事の終り』」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/15(木) 12:19:16.63:SE2Ze8g0
私立探偵の息子役の子供に、ほとんど一語も喋らせてゐないのは賢明だ。子役の喋る映画が私は大きらひだ。
子役には決して喋らせてはならない、といふ私の持論が証明されて愉快である。

三島由紀夫「『情事の終り』10の指摘」より
名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2011/09/20(火) 15:32:11.64:MCLhxez1
ある人物と決定的な出会をして、それから終生離れられなくなるずつと以前に、むかうもこちらに気づかず、
こちらもほとんど無意識な状態で、その大切な人物にどこかでちらと出会つてゐることがあるものだ。私と太陽との
出会もさうであつた。

三島由紀夫「太陽と鉄」より
ジョン・スミス [sage] 2011/09/30(金) 17:02:12.16:gbCVsjb2
日本は緑色の蛇の呪いにかかっている。日本の胸には緑色の蛇が食いついている。この呪いから逃れる道はない。

三島由紀夫
ヘンリー・スコット=ストークス宅の食事会での発言より
ジョン・スミス [sage] 2011/10/22(土) 15:58:41.43:GnKjPKNJ
ジョン・スミス [sage] 2011/11/14(月) 15:28:57.84:feXkyZXL
私の西洋式生活は見かけであつて、文士としての私の本質的な生活は、書斎で毎夜扱つてゐる「日本語」といふ
この「生つ粋の日本」にあり、これに比べたら、あとはみんな屁のやうなものなのである。
今さら、日本を愛するの、日本人を愛するの、といふのはキザにきこえ、愛するまでもなくことばを通じて、
われわれは日本につかまれてゐる。だから私は、日本語を大切にする。これを失つたら、日本人は魂を失ふことに
なるのである。戦後、日本語をフランス語に変へよう、などと言つた文学者があつたとは、驚くにたへたことである。

三島由紀夫「日本への信条」より
ジョン・スミス [sage] 2011/11/14(月) 15:30:42.74:feXkyZXL
低開発国の貧しい国の愛国心は、自国をむりやり世界の大国と信じ込みたがるところに生れるが、かういふ
劣等感から生れた不自然な自己過信は、個人でもよく見られる例だ。私は日本および日本人は、すでにそれを
卒業してゐると考へてゐる。ただ無言の自信をもつて、偉ぶりもしないで、ドスンと構へてゐればいいのである。
さうすれば、向うからあいさつにやつてくる。貫禄といふものは、からゐばりでつくるものではない。
そして、この文化的混乱の果てに、いつか日本は、独特の繊細鋭敏な美的感覚を働かせて、様式的統一ある文化を
造り出し、すべて美の視点から、道徳、教育、芸術、武技、競技、作法、その他をみがき上げるにちがひない。
できぬことはない。かつて日本人は一度さういふものを持つてゐたのである。

三島由紀夫「日本への信条」より
ジョン・スミス [sage] 2011/12/05(月) 17:54:34.60:qlgRtR+e
記者クラブのバルコニーから、さまざまな政治的スローガンをかかげたプラカードを見まはしながら、私は、
日本語の極度の混乱を目のあたりに見る思ひがした。歴史的概念はゆがめられ、変形され、一つの言葉が正反対の
意味を含んでゐる。

三島由紀夫「一つの政治的意見」より
ジョン・スミス [sage] 2011/12/21(水) 10:48:00.33:NK8DSZvc
ジョン・スミス [sage] 2012/01/12(木) 13:51:27.40:L4gjZFxt
ジョン・スミス [sage] 2012/02/14(火) 15:25:58.84:9ZmXMUmG
ジョン・スミス [sage] 2012/03/05(月) 21:20:02.61:1DEVS8k/
保守
ジョン・スミス [sage] 2012/03/13(火) 22:31:22.65:sYBpbuuA
【26.3m】 電脳プリオン ◆yBEncckFOU [sage] 2012/03/24(土) 14:10:49.90:Tr1UkU86
思い浮かばん
ジョン・スミス [sage] 2012/04/05(木) 23:03:22.45:0ga/LiKD
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ジョン・スミス [sage] 2012/05/06(日) 10:34:52.46:hCiZynlW
一度運動のたのしみを知つた人間は、麻薬患者と同様で、もう二度と運動のない世界へ
戻れるものではない。

テレビのおかげで、大方の家庭の茶の間の団欒といふものは台なしになり、みんな沈黙して画面に
向かつてゐるだけだから、画面からスポーツ用語や流行語は教はるけれど、会話のたのしみや
会話の能力は衰退してしまふ。昔から茶の間といふものは、会話の能力の道場であつた。

三島由紀夫「何もせぬ人」より
板名話し合い中@自治スレ [sage] 2012/07/14(土) 10:21:19.76:btCjsVEU
ジョン・スミス [sage] 2012/08/17(金) 09:08:14.92:mTZOZ+03
ジョン・スミス [] 2012/09/09(日) 17:13:30.57:n/IGIHNZ
日本の古典芸能は、もうダメかと思はれるときに、そのあやかしの力で思ひもかけない青年の心を
とらへて、その若さに縋つて蘇へる傾きがある。

われわれは一人のこらず、何らかの地獄に落ちてゐると云つても、過言ではないのが現代といふ
時代である。
三島由紀夫「季節はづれの猟人――堂本正樹氏のこと」より
ジョン・スミス [sage] 2012/10/17(水) 10:11:02.83:84A91pOo
ジョン・スミス [] 2013/02/19(火) 22:57:13.65:dgEIXyvJ
ジョン・スミス [] 2013/11/26(火) 10:47:04.14:JUrRZKLY
すごい。
島本町の廃人さんへ [] 2014/07/23(水) 20:35:10.72:Z9dQaa/0
>大阪府三島郡島本町の小学校や中学校は、暴力イジメ学校や。
島本町の学校でいじめ・暴力・脅迫・恐喝などを受け続けて廃人になってしもうた僕が言うんやから、
まちがいないで。僕のほかにも、イジメが原因で精神病になったりひきこもりになったりした子が何人もおる。
教師も校長も、暴力やいじめがあっても見て見ぬフリ。イジメに加担する教師すらおった。
誰かがイジメを苦にして自殺しても、「本校にイジメはなかった」と言うて逃げるんやろうなあ。
島本町の学校の関係者は、僕を捜し出して口封じをするな

>島本町って町は、暴力といじめと口裏合せと口封じの町なんだな

子供の時に受けた酷いイジメの体験は、一生癒えない傷になるなあ
ジョン・スミス [sage] 2014/08/01(金) 00:01:22.58:w8AhJA8X
イラストレーターで収入が少ないからと30代後半で漫画家になろうとする、ひきこもりのバカ発見。
足立区に住んでいるそうだ
ttp://http://inumenken.blog.jp/archives/7002197.html
ジョン・スミス [sage] 2014/09/19(金) 23:29:13.34:XR8UjMTg
ジョン・スミス [] 2016/07/30(土) 22:00:46.52:vUSRn4gm
【閲覧注意】戦闘に巻き込まれて頭部を切断された少女の遺体。これがリアルなシリア。
ttp://http://dqnworld.com/archives/34.html
これが本当の戦争の恐怖。この少女には大人の戦争は関係ないですからね。巻き込まれた少女の遺体を持って何か
を訴えかけている男たちの映像です。

【閲覧注意】シリアで反体制派の兵士が顔を吹き飛ばされてしまう瞬間。
ttp://http://dqnworld.com/archives/89.html
スローモーションが怖すぎる・・・。

【閲覧注意】アッラーフアクバルを叫びながら少年を斬首する映像を公開する。
ttp://http://dqnworld.com/archives/3975.html
点滴?のようなものが見えるんだけど。助けられた少年じゃなかったのか。助けられた所を強奪されてアッラーフ
アクバル?なのかしら・・・。

【閲覧注意】磔にされた戦闘機パイロットの遺体。シリアにて。
ttp://http://dqnworld.com/archives/3996.html
今日のアッラーフアクバル動画。

【閲覧注意】この首吊り自殺、足スレスレだけど本当に死ねてる?
ttp://http://dqnworld.com/archives/4001.html
中国で撮影された首吊り自殺の映像です。既に死んでいると書いてあるけど自分で揺らしているようにみない?www

妻の目の前でぶっ飛ばされた旦那さん?これは死んだかな(°_°)
ttp://http://dqnworld.com/archives/4004.html
さすがにこれだけ飛ばされたら助からないかな・・・。

【閲覧注意】あおむけでゲロを吐きまくっている男性。助けてやれよ・・・。窒息するぞ(@_@;)
ttp://http://dqnworld.com/archives/4007.html
これ結構危ないんじゃないの?撮影してないで横向きにしてやれよ。これ窒息する可能性あるだろ。
ジョン・スミス [] 2017/09/28(木) 16:29:37.76:rUPg5Zzj
やめれあほ

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