長野県のトピックス
- : 名無しさん [] 2020/04/02(木) 15:26:47.20:polKf5nd
- 宗教、安全保障、風俗、経済
- : 名無しさん [] 2020/04/02(木) 15:27:44.68:polKf5nd
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■ラファイエット文化サロン書籍レビュー
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『戦陣訓』
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連日、飛行訓練を繰り返しているが、『適用違憲』になるため有事法制は発動できず、現行法上、日本有事の際も前線での戦闘はアメリカ軍任せである。
日本有事の際でさえ、自分達は非戦闘地域での後方支援のみという『遣らずボッタクリ』を決め込む日本の自慰隊。
オナニーのような訓練を繰り返すばかりで、同盟国アメリカの基地が攻撃された際にも、ペルシア湾有志連合軍への参加要請に応えず、反米イランのイスラム原理主義政権の顔色を窺った日本の自慰隊。
日頃の訓練の成果を発揮すべく、義勇兵としてブルジョア憲法を尊重・擁護する運命共同体に参加することを申し出る自慰官は皆無だった。
オナニーのような訓練を繰り返すばかりで、自閉・引き篭りに終始する日本の自慰隊は、狂人ヒットラーや変人ムッソリーニの軍事同盟への積極参加を推進した旧日本軍(の主流派である反米・国家社会主義者)の残党。
国家社会主義者を含む反米・アカは、盛んにモラハラ、セクハラ、パワハラ、マタハラなどと喚き散らすが、自慰隊ヘリや不良バイクの爆ハラには素知らぬ振りを決め込む身勝手な連中。 - : 名無しさん [] 2020/04/02(木) 15:30:17.33:polKf5nd
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■ラファイエット文化サロン書籍レビュー
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『福翁自伝』
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1.楠公曰く、「紀清両党の者共、戦場に臨んで命を棄つること塵芥よりも尚軽くす」(『太平記』)
2.勝手に軍神-豊城入彦を祀り、神仏習合の日光二荒山神社から一方的に独立した宇都宮二荒山神社。
「軍都」を称して狂人ヒットラーや変人ムッソリーニの国家社会主義陣営に盲従した宇都宮の陸軍第14師団はパラオで自爆・玉砕。町はアメリカ軍の空襲で焼け野原になった。
今はアメリカ人に好まれない「紅茶の町」を宣言し、太平洋戦争の「遺恨」を露わにしている。
3.2016年10月、陸自元隊員が宇都宮中心部で通行人に重軽傷を負わせる自爆テロ。
4.梶原景時の変、比企能員の変、畠山重忠の乱、和田合戦… 小難しい政策論を棚上げして、斬った張ったの政局(=権力闘争)に明け暮れた神奈川のゴロツキ北条一家。
他人に厳しく自分に甘い神奈川人。ゴロツキ北条一家が招いた元寇と、芳しくない戦況報告に不信感を募らせた朝廷を強権で抑え込む一方、北条高時は闘犬や田楽に現を抜かした。
ライバルの御家人を蹴落とす斬った張ったの政局に現を抜かし、外交を含む政策運営を疎かにしたので、神奈川の北条ゴロツキ政権は、後鳥羽上皇や後醍醐天皇の官軍によって相次いで討伐された。
. - : 名無しさん [] 2020/04/02(木) 15:30:46.99:polKf5nd
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■ラファイエット文化サロン書籍レビュー
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『福翁自伝』
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近代日本を代表する啓蒙思想家である福沢諭吉翁は、上役の出鱈目な考えに盲従して犬死する(赤穂浪士や山本五十六のような)日本人を『丁稚の権助』と呼んだ。
福翁は、支那人や朝鮮人の盲信する儒教を否定、積極的に西洋の諸制度や西洋人の生き方を紹介して、脱亜入欧や独立自尊を説いた偉人である。
後鳥羽上皇を配流した神奈川の北条ゴロツキ政権に盲従し、承久の乱の論功行賞で、伊予国守護に成り上がった宇都宮頼綱。
宇都宮一族は、その後も盲従すべき上役を取り換え引き換えし、宇都宮国綱は豊臣秀吉の朝鮮出兵に盲従したが、1597年、後陽成天皇に仕えた太閤秀吉(1592年〜)によって突然改易され備前国に配流、1608年に江戸浅草の石浜で失意のうちに病死した。
神奈川のゴロツキ北条一家に遅れること264年、承久の乱後の論功行賞による伊予国守護への補任に始まった守護大名の地位から転げ落ち、宇都宮一族は虚栄の歴史に幕を下ろして、振り出しに戻ったのだ。
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近代日本を代表する啓蒙思想家である福翁の説く、「上役の出鱈目な考えに盲従する『丁稚の権助』は遅かれ早かれ犬死する」という歴史法則に例外は無い。
. - : 名無しさん [] 2020/04/02(木) 15:31:21.00:polKf5nd
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■ラファイエット文化サロン書籍レビュー
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『福翁自伝』
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5.主祭神である軍神-豊城入彦への必死の祈願も虚しく、(代々、宇都宮二荒山神社の神職を世襲し、片や後鳥羽上皇を配流した承久の乱後に守護大名に成り上がった)『権助』宇都宮一族が太閤秀吉によって改易され、宇都宮から追放された。
日光二荒山神社から強引に独立して、仏を分離し軍神のみを盲信した宇都宮一族が追放され、神職不在となったにも拘わらず、宇都宮二荒山神社は本社である日光二荒山神社に復する道を選ばなかった。
宇都宮一族の帰還と大名家再興に一縷の望みを繋ぎ、『権助』宇都宮土人は、軽々しく代わりの神職を立て、相変わらず馬鹿の一つ覚えに軍神-豊城入彦の御利益を盲信し、『軍都』を称し続けた。
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だが、軍神への祈願も虚しく、遂に幕末まで宇都宮一族の帰還と大名家再興は叶わなかった。
その様は正に軽率な振る舞いで詰め腹を斬らされた浅野内匠頭の意味不明な「遺志」を後生大事に温め続けた『丁稚の権助』たる赤穂浪士の姿そのものだ。
幕末に及んでも日光二荒山神社への復帰や神仏習合を拒み、今は無き主君が残した豊城入彦を盲信し続けた宇都宮土人は案の定、その侭、太平洋戦争で玉砕・犬死し、町は焼け野原となった。
. - : 名無しさん [] 2020/04/02(木) 15:31:42.17:polKf5nd
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■ラファイエット文化サロン書籍レビュー
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『福翁自伝』
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その『権助』宇都宮土人は戦後も「有事の際に軍用滑走路として未だ使えるかもしれない」という荒唐無稽な妄想を抱き、今や住宅地の真ん中となってしまった寸足らずの軍用滑走路と陸自航空学校を手放そうとしない。
普天間を持ち出すまでもなく、人口50万都市の住宅地の真ん中に位置する軍用滑走路は迷惑公共施設以外の何物でもない。
陸自には航空学校が3つ有るが、三重県の明野と茨城県の霞ヶ浦は田舎町の海辺や湖畔に在り、墜落も有り得る新人ヘリパイの教育訓練飛行地として合理的である。
陸自宇都宮航空学校を、広大な平地と海岸線が広がり、被災者の方々が今なお震災復興に喘いでいる福島県の浜通りなどに移転すべきである。
陸自がテロから護衛すべき福島第一原発からも近い。
そもそも、皇室や源氏などは、その本性を見失うことなく、奈良から京都、鎌倉、江戸、東京へと時代毎に本拠地を移して来た。
片や宇都宮土人は、時代が変わり、神職が去り、環境が変わっても、今は無き主君が残した軍神のみを祀る(未開の奥地の)殻に閉じ篭って全く抜け出そうとしない。
その未開の奥地にしがみ付く様こそ、餃子臭く訛りの強い宇都宮土人が「土人」と呼ばれる所以なのである。 - : 名無しさん [] 2020/04/02(木) 15:32:02.09:polKf5nd
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■ラファイエット文化サロン書籍レビュー
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『福翁自伝』
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宇都宮土人は、秀吉に詰め腹を斬らされた主君が残した神仏分離という軽率な信仰に盲従した結果、太平洋戦争で無様な大敗を喫して犬死した。
また、時代の変化により宇都宮の町並みも大きく変化しているが、旧日本軍の国家社会主義者の遺志に今も盲従して軍用滑走路を後生大事に残している。
狂人ヒットラーや変人ムッソリーニに追従した負け犬の旧日本軍で主流を成した国家社会主義者が置き去りにした寸足らずの軍用滑走路を後生大事に50万都市の真ん中に残すことに無駄なエネルギーを費やしているのだ。
仮に陸自航空学校が移転すれば、町中に残る広大な敷地は、首都近郊に相応しく映画スタジオやディズニーリゾートでも誘致すれば良い。
しかし、浅野内匠頭と同じように遠の昔に詰め腹を斬らされ去って行った嘗ての主君、宇都宮一族が置き去りにした、余り御利益が有るとも思えない軍神-豊城入彦を奉じる『軍都』の妄想から、何時まで経っても『権助』宇都宮土人は逃れられない。
陸自航空学校を追い払い、宇都宮の町中に、独立自尊を説いた福沢諭吉翁の慶應義塾中高を誘致した方が、余程、栃木県民に御利益が有る筈なのだが。
凡例:
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